1. ABM(アカウントベースドマーケティング)とは何か
最初にABMとは何か、基本的な事項から確認していきましょう。
1-1. 基本的な定義
アカウントベースドマーケティング(ABM)とは、B2Bマーケティングの手法のひとつです。
ABMの特徴は、ターゲット層をまとめてグループ化せずに、一社ずつ、個別に焦点を当てて捉える点にあります。
具体的には、ABMではまず、自社の製品やサービスに最もマッチすると考えられる企業(=アカウント)を選定します。
この選定には、企業規模、業種、地域、過去の取引関係、成長性など、様々な要素が考慮されます。
選定された企業に対しては、その企業のビジネス環境、組織構造、課題、ニーズなどを十分に理解したうえで、最適なマーケティング戦略を展開します。
ターゲット層をまとめて捉える、従来のマスマーケティングやセグメントマーケティングとは、大きく異なる手法がABMです。
ABMでは、個別企業のニーズや課題に、より深いレベルで対応できるため、高いビジネス成果を得やすい特性があります。
1-2. ABMが注目される理由
アカウントベースドマーケティング(ABM)が注目される背景には、マーケティングのパラダイムシフトとデジタル技術の進化、そしてコロナ禍を経ての変化があります。
1-2-1. マーケティングのパラダイムシフト
従来のマーケティングでは、ひとくくりにまとめた顧客群グループに対し、一斉に同じメッセージを発信するアプローチが主流でした。
しかし、現代のビジネス環境では、顧客のニーズが多様化しています。一律のアプローチでは十分な効果を得られないケースが増えているのです。
そのため、個々の企業に対して、パーソナライズされたアプローチを行うABMが注目されています。
1-2-2. デジタル技術の進化
デジタル技術は、ABMの実践において不可欠なポイントです。
たとえば、効果的なマーケティング活動を可能にするデータ分析や自動化ツールなど、ITツールの進化が進んでいます。
【ITツールの例】
- RPA(ロボティックプロセスオートメーション):単純作業の自動化を可能にし業務効率を向上
- SFA(セールスフォースオートメーション):営業プロセスを自動化して顧客管理を強化
- CRM(カスタマーリレーションシップマネジメント):顧客情報の一元管理を実現
- MA(マーケティングオートメーション):マーケティング活動を自動化
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これらの技術の進化により、顧客のニーズや行動をより精密に把握し、それに基づいたマーケティング活動を、効率的に展開できるようになりました。
日本国内では、平成28年度(2016年度)より始まった経済産業省による「IT導入補助金」も、新たなITツールの普及に寄与しています。
1-2-3. コロナ禍を経たビジネス環境の変化
2020年代に入ると、新型コロナウイルス感染症の流行によって、リモートワークやオンラインビジネスが急速に進展しました。
従来の対面式の営業が困難になるなか、オンラインでの個別対応の需要が高まり、ABMはこのニーズに応える戦略として注目されました。
以上の要素から、新しいビジネス環境に適用するB2Bの重要手法として、ABMが定着し始めています。
1-3. 補足:ABMのほかの意味
補足として、「ABM」の略語は、アカウントベースドマーケティング以外にも、さまざまな意味を持ちます。以下にその一部をご紹介します。
【さまざまなABM】
正式名称
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種類
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意味
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Assistant Brand Manager アシスタントブランドマネジャー
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役職
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ブランドマネージャーの補佐役として、ブランドの戦略立案や実行を支援する役職。
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Area Business Manager エリアビジネスマネジャー
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役職
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特定の地域におけるビジネスの管理を担当する役職。
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Activity-Based Management アクティビティベースドマネジメント
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会計用語
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活動基準管理。組織の活動を分析し、コストを管理する手法。
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ABMという語句を見かけたときには、その文脈を確認して、どのような意味なのか判断する必要があります。
以下では、「アカウントベースドマーケティング」を表すABMについて、メリット・デメリットの観点から、詳しく掘り下げていきましょう。
2. ABMのメリット
まず、ABMのメリットからご紹介します。
- 顧客に対する深い理解が可能となる
- マーケティングと営業の連携を強化できる
- 高いROI(投資利益率)が実現できる
- 長期的な顧客関係を構築できる
- マーケティング活動を効率化できる
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2-1. 顧客に対する深い理解が可能となる
1つめのメリットは「顧客に対する深い理解が可能となる」です。
ABMは特定のアカウントを対象とします。よって、その企業のニーズや課題に対して、理解を深めることが可能となります。
ABMでは、ビジネスモデル、業界の動向、競合状況、意思決定者や影響力のある人物(ディシジョンメーカー)のニーズや課題にまで、細かく焦点を当てていきます。
結果、最適なメッセージやソリューションを顧客に提供でき、成約率や売上高の向上につながるのです。
意外なところでは、じっくりと顧客の悩みや課題と向き合うことで、社内メンバーのモチベーション向上にも寄与します。
流れ作業のように多数の顧客群を扱うのではなく、一人ひとりのお客様と向き合う仕事は、“やりがい”を生み出し、好循環が加速します。
2-2. マーケティングと営業の連携を強化できる
2つめのメリットは「マーケティングと営業の連携を強化できる」です。
従来のマーケティング手法では、マーケティングチームと営業チームは別々の目標を持ち、連携が取りにくいという課題がありました。
たとえば、
「今週、営業チームが最も注力している企業はどの企業なのか、マーケティングは把握していない」
というケースは珍しくないでしょう。
一方、ABMには「部署を横断して共通のアカウントに焦点を当てる」という特徴があります。
両チームは一緒に戦略を立て、実行することが可能です。
マーケティング活動と営業活動が一貫したものになり、結果として顧客体験(CX)が向上します。
2-3. 高いROI(投資利益率)が実現できる
3つめのメリットは「高いROI(投資利益率)が実現できる」です。
ROI(Return On Investment)とは、投資に対して効率的に利益を出せるかどうかを示す指標ですが、ABMは費用対効果の高い施策です。
“広く浅く多くの顧客”を対象とする従来の手法に対して、ABMでは、“狭く深く個別の顧客”を対象とします。
この特性は、とくにB2Bのマーケティングにおいて有効です。大口顧客や高価値顧客に対する、パーソナライズされたアプローチを可能にするからです。
ビジネス成果につながりにくい活動を極力減らし、その分、ターゲット企業に対して、十分なリソースを割けるようになります。
ABMに取り組むことで、営業利益の最大化を図れるのです。
2-4. 長期的な顧客関係を構築できる
4つめのメリットは「長期的な顧客関係を構築できる」です。
ABMは、特定のアカウントと深い関係を築くことを目指します。
“短期的な売上獲得”よりも“長期的な関係の構築”を重視する考え方に基づくものです。
このアプローチは、顧客の信頼や満足度の向上につながります。
具体的には、顧客ロイヤルティ(信頼や愛着をベースとした継続利用の意欲)が高まり、リピート率の向上やリファラル(口コミによる紹介)経由の顧客獲得に、優れた効果を発揮します。
数値としては、LTV(Lifetime Value:顧客生涯価値)が高まり、健全な財務体質でビジネスを継続できるようになります。
参考:The Value of Keeping the Right Customers
2-5. マーケティング活動を効率化できる
5つめのメリットは「マーケティング活動を効率化できる」です。
ここまでの話の総括ともいえますが、ABMを導入すると、マーケティング活動全般を大幅に効率化できます。
- 顧客理解の深化:ABMは特定のアカウントに焦点を当てるため、顧客のニーズや課題に対する理解が深まります。無駄なマーケティング活動を削減し、ターゲットに対する効果的なアプローチが可能になります。
- 営業とマーケティングの連携:ABMでは、マーケティングチームと営業チームが共通のアカウントに焦点を当てるため、両チームの活動が一貫したものになります。全体の生産性が高まります。
- ROIの向上:ABMは“狭く深く個別の顧客”を対象とするため、マーケティング投資の効果を最大化し、コスト効率の良いマーケティング戦略を実現します。
- 長期的な顧客関係の構築:ABMは顧客との長期的な関係を重視します。継続的な顧客エンゲージメントが可能となり、新規顧客獲得にかかるコストを削減できます。
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これらの要素は、それぞれが相互に関連し合い、全体としてマーケティング活動の効率を高めます。
人材不足やマーケティング費用の捻出など、リソース不足に悩む企業であっても、少ないリソースで成果を出すことが可能です。
3. ABMのデメリット
一方、ABMにはデメリットもあります。以下のポイントを、詳しく見ていきましょう。
- 技法としては高度である
- 専用のツールを導入しないと実現が難しい
- 成果が出るまで一定の時間がかかる
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3-1. 技法としては高度である
1つめのデメリットは「技法としては高度である」です。
一般的なマーケティング手法に比較すると、ABMの難易度は高いため、誰にでも簡単に扱える類いのものではありません。
具体的には、以下のスキルや知識が必要となります。
・情報収集と分析力:ターゲットとなる企業を調査し、ビジネスモデルやニーズを正確に把握しなければなりません。たとえば、業界動向を把握し、その中での位置づけや競合状況を理解したうえで、ニーズを理解することが重要です。
・パーソラナイズする力:企業の課題やニーズに対応したメッセージを作成し、適切なコミュニケーションチャネルを選定する能力が必要です。コミュニケーションスキル、コピーライティング、コンテンツマーケティングの知識が求められます。
・戦略的思考力と計画実行力:ABMには長期的な視点での戦略思考と実践が不可欠です。ターゲットとなる企業との関係を深め、持続的な信頼関係を構築するための戦略を策定し、それを一貫して実行するスキルが必要です。
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これらのスキルや知識を持つマーケティングのメンバーを確保することは、ABMの成功にとって重要な要素です。
スタッフの確保や教育には時間とコストがかかるため、ABMの導入には、一定の難易度が伴うといえます。
3-2. 専用のツールを導入しないと実現が難しい
2つめのデメリットは「専用のツールを導入しないと実現が難しい」です。
ABMを効果的に行うためには、CRM(顧客関係管理)システムや、MA(マーケティングオートメーション)ツールなど、専用ツールの導入が必要となります。
「ツールがなければ絶対にできない」というわけではありませんが、先にも述べたとおり、ABMが注目される背景として、ABMの実践をサポートするテクノロジーの進化があります。
企業の情報を一元管理し、パーソナライズされたコミュニケーションを実現するためには、手作業では難しいケースが多いでしょう。
ツールの初期費用や利用料、使用方法を学ぶための学習コストが生じることに対して、負担が大きいと感じる企業も存在します。
3-3. 成果が出るまで一定の時間がかかる
3つめのデメリットは「成果が出るまで一定の時間がかかる」です。
ABMは、一般的なマーケティング手法に比べて、成果が出るまでに一定の時間がかかる可能性があります。
その理由は、ABMは特定企業との深い関係構築を目指すため、一度のキャンペーンですぐ成果が出るものではないからです。
メリットの章で述べたとおり、長期的には高いROIが期待できます。
しかしながら、ツールの導入費用や学習コストなどの負担は、導入初期に集中します。成果が出始めるまでの間、負担感が大きくなるかもしれません。
ABMの導入を検討する際には、初期投資と成果のタイミングのズレに対する理解と、長期的な視点での計画が必要です。
4. ABMの実践手順
ABMの導入と実践は、一定の手順を踏むことで効果的にできます。以下に詳しく解説します。
- 必要なツールを選定し導入する
- ターゲットアカウントを選定する
- ターゲットアカウントを理解する
- マーケティング戦略を策定する
- 戦略を実行し評価する
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4-1. 必要なツールを選定し導入する
1つめのステップは「必要なツールを選定し導入する」です。
前述のとおり、ABMの効果を最大化するためには、ツール導入が推奨されます。
4-1-1. ABMで利用されるツール
ABMでは、CRM(顧客関係管理)システムやMA(マーケティングオートメーション)ツールがあると、効果を発揮しやすくなります。
※ABM専用ツールとして、世界的には『Demandbase』や『Terminus』が有名ですが、本記事執筆時点では日本法人による展開はありません。
『Salesforce』や『Marketo』といったCRMやMAツールをすでに導入している企業では、まずはこれらのツールの機能を活用してABMの取り組みをスタートできます。
たとえば、『Marketo』にはABM専用の機能があるため、スムーズにABMの実践を進められるでしょう。
【Marketoのイメージ】
出典:Adobe「Adobe Marketo Engage」
具体的に、どのツールが最適かは、それぞれの企業のニーズや予算、規模などによって異なります。以下に関連記事をご紹介しますので、あわせてご確認ください。
ツールの関連記事
4-1-2. 手作業でスモールスタートの選択もあり
一方、「いきなり、有料ツールの導入は難しい」というケースもあるでしょう。
小規模な企業や、ABMを試験的に導入して有効性を確認したいフェーズでは、ツールは導入せずに手作業でスモールスタートすることも、ひとつの選択肢といえます。
大規模な展開となればツールなしには困難ですが、テスト段階や、ABMの戦略を理解して組織内での浸透を図る初期段階では、手作業での導入も有効です。
ツール導入が難しい状況の場合は、まずは手作業で可能な範囲からスモールスタートし、自社におけるABMの適合性や必要なリソースを確認していきましょう。
4-2. ターゲットアカウントを選定する
2つめのステップは「ターゲットアカウントを選定する」です。
ABMの成功において、ターゲットアカウントの選定は非常に重要です。
誤解しやすいポイントなので補足しておくと、ABMのターゲットアカウントは、獲得したリード(見込顧客)から選定するのではありません。
“リードを獲得する前”の段階から、どの企業を顧客として獲得するか、ターゲットアカウントを選定します。
ここでは3段階に分けて、やり方を解説します。
4-2-1. 選定基準の明確化
まず、どのような企業をターゲットアカウントとして選定するか、基準を明確にする必要があります。
過去、自社に収益をもたらした企業の特性や、市場の動向などを考慮して検討しましょう。
【選定基準の項目の例】
- 業界適合性:自社の製品やサービスに適合する業界に属しているか
- 企業規模:自社の収益性を満たすに十分な企業規模か
- 地域:地理的な位置が自社の販売戦略と合致しているか
- 購買意欲とニーズ:具体的なニーズや課題があり、高い購買意欲を持っているか
- 過去の関係性やエンゲージメント:過去に関係性やエンゲージメントがあったか否か
- 意思決定プロセス:意思決定プロセスが把握でき、効果的なアプローチが可能か
- 自社の競合との関係:競合他社との取引関係がどうなっているか
- 財務健全性と予算:財務状態や予算を考慮し、投資価値があるか
- 法規制とコンプライアンス:関連する法規制やコンプライアンスの要件を確認し問題がないか
- 企業文化と価値観:企業文化や価値観が自社と合っているか
- 成長市場:その企業の業界や扱う製品・サービスが成長市場であるか
- 他事業部への拡張可能性:1社で複数の事業部との取引ができるか
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4-2-2. データの収集
次に、選定基準に基づいて評価するために、必要なアカウントのデータを収集します。
どのようなデータが必要となるかは、選定基準次第となりますが、収集手段の一例をご紹介します。
【データ収集の手段】
- 公開情報の収集:企業の公式サイト、業界レポート、決算公告などの財務データ、ニュース記事、プレスリリース
- 購買データベース:企業情報データベースサービスの利用、業界団体や商工会議所からの情報提供
- ソーシャルメディアの分析:LinkedInやX(旧Twitter)などの情報、関係者の発言や投稿の分析
- 直接的なリサーチ:電話やメールでのアンケート、インタビュー、関係者とのネットワーキング
- 既存の顧客データ:自社のCRMシステム内のデータ分析、過去の取引履歴や顧客フィードバックの分析
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4-2-3. アカウントの評価とランキング
データが収集できたら、アカウントを評価し、ランキングします。
【ランキングのプロセス】
- 評価基準の設定:選定基準に基づいた具体的な評価基準を設定します。重み付けを行い、各基準の重要度を明確にします。
- アカウントのスコアリング:各アカウントに対してスコアを付け、ランキングします。データで客観的な評価を行いましょう。
- 最終選定:ランキング結果に基づいて、最終的なターゲットアカウントを選定します。この際、チーム全体での合意形成が重要です。
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選定したターゲットアカウントは、マーケティングチーム・営業チームはもちろんのこと、関係各部署で共有し、組織全体の戦力を集中させていきましょう。
4-3. ターゲットアカウントを理解する
3つめのステップは「ターゲットアカウントを理解する」です。
ターゲットアカウントを選定したら、そのアカウントについて1社ずつ詳密に調査を重ね、深く理解するプロセスに入ります。
具体的な手法として3つ、ご紹介します。
4-3-1. 3C分析
3C分析は、Company(企業)、Competitor(競合)、Customer(顧客)の3つの要素を分析する手法です。
【3C分析】
- Company(企業)の分析:ターゲットアカウントの経営状況、組織構造、戦略などを分析します。
- Competitor(競合)の分析:ターゲットアカウントの競合企業や製品を分析し、ターゲットアカウントの市場での位置づけや競合との関係を理解します。
- Customer(顧客)の分析:ターゲットアカウントの顧客層や市場動向を分析し、ニーズを把握します。
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3C分析を行うと、ターゲットアカウントの内外の要素をバランスよく捉えられます。ABM戦略の方向性を定める基盤となります。
4-3-2. SWOT分析
SWOT分析は、Strength(強み)、Weakness(弱み)、Opportunity(機会)、Threat(脅威)の4つの要素を分析する手法です。
【SWOT分析】
- Strength(強み):ターゲットアカウントが持つ独自の強みやリソースを分析します。たとえば、技術力、ブランド力、顧客基盤などです。強みを理解することは、ターゲットアカウントにどのように価値を提供できるかを考えるベースとなります。
- Weakness(弱み):ターゲットアカウントの改善が必要な部分やリソースの不足を分析します。たとえば、生産体制の効率性の問題やマーケティング戦略の弱点などです。弱みを理解することで、どのようにサポートや解決策を提案すればよいか、見えてきます。
- Opportunity(機会):市場や環境から生じるターゲットアカウントの成長の好機や見込みを分析します。新しい市場への進出、技術の進化、規制の変更などが機会となることがあります。これらの機会を捉え、ターゲットアカウントとともに成長する戦略を考えていきます。
- Threat(脅威):市場や環境からのターゲットアカウントに対するリスクや障害を分析します。競合の新製品、市場の飽和、経済の変動などが脅威となることがあります。これらの脅威を予測し、先手を打って対策を検討します。
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SWOT分析を行うと、ターゲットアカウントの現状と将来の可能性を多角的に理解できます。
ターゲットアカウントに、最も効果的な戦略を策定するための洞察を得られるはずです。
4-3-3. キーパーソンの特定
アカウント(企業)の理解と同時に、ABMにおいて非常に重要なポイントが「キーパーソンの特定」です。
ターゲットアカウント内の重要人物は誰なのか明確にすれば、効果的なアプローチ方法が見えてきます。
【キーパーソンの特定】
- 役割と影響力の理解:ターゲットアカウント内での各人物の役割と影響力を理解します。意思決定者、影響力のある意見リーダー、実行責任者など、役割に応じたアプローチが必要です。
- 関係性の相関図作成:キーパーソン同士の関係性を相関図としてマッピングします。組織内のコミュニケーションフローを可視化することで、効果的なコミュニケーション戦略を計画できます。
- ニーズと課題の理解:各キーパーソンの具体的なニーズや課題を深く理解します。個別のニーズに対応したメッセージや提案が、信頼関係の構築につながります。
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4-4. マーケティング戦略を策定する
4つめのステップは「マーケティング戦略を策定する」です。
ここでは、カスタマージャーニーマップとコミュニケーション設計の2つの段階に分けて、解説します。
4-4-1. カスタマージャーニーマップの作成
「カスタマージャーニー」とは、顧客が製品・サービスに初めて出会う瞬間から、購買、利用、そしてロイヤルカスタマーへと進化する一連のプロセスを「旅」になぞらえて時系列で捉える概念です。
顧客のニーズや課題、感情、行動などを理解するための重要なフレームワークとなります。
このカスタマージャーニーを視覚化したマップが、「カスタマージャーニーマップ」です。
ターゲットアカウントの購買プロセスやタッチポイント、感情などを一覧で確認できるので、戦略の策定に役立ちます。
【カスタマージャーニーマップのイメージ】
カスタマージャーニーマップの作り方は、「カスタマージャーニーマップとは?必要性や作成手順、事例まで解説」にて詳説していますので、ご確認ください。
以下は同記事より引用した作り方のステップです。
【カスタマージャーニーマップの作り方】
- 目的を定める
- ペルソナを設定する
- 横軸に購買プロセスのステージを書く
- 縦軸にペルソナの行動・心理・思考を書く
- タッチポイントを書く
- マーケティング施策を書く
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出典:カスタマージャーニーマップとは?必要性や作成手順、事例まで解説
なお、ABMに特化したポイントをお伝えすると、以下が重要となります。
- 購買プロセスの特定:初めての接触から購買(成約)、リピート購買(取引継続)に至るまでのプロセスを特定します。
- タッチポイントの分析:各段階でのターゲットとの接触点を分析します。Webサイト、営業担当者、SNSなど多数あるタッチポイントをすべて洗い出します。
- センチメントの分析:各タッチポイントでの感情を分析します。喜び、困惑、興味などの感情が挙げられます。
- オポチュニティとバリアの特定:各段階でのマーケティングの好機、あるいは障壁がどこにあるのか、特定します。
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4-4-2. コミュニケーションの設計
カスタマージャーニーマップの作成を通じて、購買プロセスやタッチポイント、感情などを把握できたら、マーケティングコミュニケーションを設計していきます。
どのようなメッセージを伝えるか、どのチャネルを使い、タイミングはどうするか、などを精緻に計画するプロセスです。
【コミュニケーション設計の例】
- メッセージの設計:カスタマージャーニーの段階ごとに異なるニーズに応じたメッセージを設計します。自社がターゲットアカウントの課題解決にどう貢献できるか、十分に考え尽くしたうえで、伝えるべきメッセージを考えることが大切です。
- チャネルの選定:ターゲットアカウントが利用するチャネルを特定し、最適な接点でコミュニケーションします。Web、メール、SNS、イベント、セミナーなど、多岐にわたるチャネルから選定し、ターゲットアカウントとの関係性を深化させます。
- タイミングの計画:変遷する思考や感情に合わせ、アプローチするのに最適なタイミングを緻密に設計します。MAツールを活用すると、ターゲットアカウントの反応に応じてリアルタイムでコミュニケーションを調整できるので、効果を得やすくなります。
- パーソナライズの実施:キーパーソンのニーズや課題に応じた個別対応を計画します。ターゲットアカウントの課題や業界動向に特化した有益な情報を提供し、個々の関係性を強化します。
- コンテンツ戦略の策定:ターゲットアカウントに合わせたコンテンツマップを作成し、各タッチポイントで最適なコンテンツを提供します。情報提供からエデュケーション(教育)、ナーチャリング(育成)に至るまで、コンテンツの種類とタイミングを計画します。
- 組織全体の連携:マーケティングチーム、営業チーム、制作チーム、その他すべてのチームと連携し、一貫したコミュニケーションを実現します。必要に応じて外部パートナーとも連携し、全体の戦略を強化します。
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4-4-3. ABM型リード獲得サービスの利用
さらに、多くのABM実施企業が好成績を上げやすい手法として「ABM型リード獲得サービス」があります。
たとえば、マイナビが提供するサービスの場合、ターゲットアカウントのリストを提供いただき、そのリストのみを対象として、テレマーケティングの実施が可能です。
ほかにも豊富なオプションメニューがあり、専門家とともに、ターゲットアカウントに直接アプローチするコミュニケーション戦略を策定できます。
詳しくは「ABM型リード獲得サービス」のページよりご確認ください。
4-5. 戦略を実行し評価する
5つめのステップは「戦略を実行し評価する」です。
策定したマーケティング戦略を実行し、良かったのか・悪かったのか評価して、改善へつなげていきます。
【評価の流れ(一例)】
- KPIの設定:戦略の成功を測定するためのKPIを設定します。具体的な目標値と達成基準を明確にします。
- 評価基準の確立:各KPIに対する評価基準を設定します。達成すべき目標、注意が必要な閾値などを定義します。
- データの収集:実行した戦略から得られるデータを収集します。Web解析、セールスデータ、顧客フィードバックなどを集めます。
- データの整理:収集したデータを整理し、分析に適した形式にします。クリーニング、変換、統合などを行います。
- 効果の分析:収集したデータを分析し、戦略の効果を評価します。KPIに対する達成状況を確認します。
- インサイトの抽出:分析結果から重要な知見を抽出します。成功点と改善点、新たな機会などを明確にします。
- レポートの作成:分析結果をレポートにまとめます。視覚的にわかりやすいグラフやチャートを使用すると、結果の解釈が容易になり共有しやすくなります。
- プレゼンテーション:経営層や関連部署に対して、戦略の成果と今後の方針を報告する場を定期的に設けます。ディスカッションの時間も作ることで有意義に改善を重ねられます。
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「KPIを、どう設定するか?」について詳しく知りたい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。
KPI関連の参考記事リスト
5. ABMを成功させるポイント
最後に、ABMを成功させるために重要なポイントをお伝えします。
- ターゲットアカウントを確実に獲得する
- 中長期的な視点で一貫して継続する
- アカウント選定基準の精度を向上させる
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5-1. ターゲットアカウントを確実に獲得する
1つめのポイントは「ターゲットアカウントを確実に獲得する」です。
ABMの導入初期には、「アプローチする企業を絞ったものの、顧客化できる数が想定よりも少ない」という悩みが多く聞かれます。
その理由は大きく2つあり、ターゲットアカウント選定の精度が低いか、コミュニケーションが弱いかです。
ターゲットアカウント選定の精度は、一定期間が経過しないと正しく評価できないため、打ち手としてはコミュニケーションの強化が先となります。
とくにABM導入初期は、「ABM型リード獲得サービス」のような外部サービスを積極的に活用して、収益性を確保するのが良策です。
そのうえで、ABM戦略全体の精度を向上させていきましょう。
5-2. 中長期的な視点で一貫して継続する
2つめのポイントは「中長期的な視点で一貫して継続する」です。
デメリットの章で触れたとおり、ABMは単発キャンペーンで一気に成果を獲得するような戦略とは、真逆といえます。
中長期的な視点で、ターゲットアカウントのキーパーソンとの関係性を構築していくことが、ABM成功のカギです。
ABMの直接の担当者は、この意義を十分に理解していても、社内(たとえば経営陣や財務部門など)で合意できていないと、ABMの取り組みが途中で頓挫するケースがあります。
このような事態を避ける具体策としては、事前にKPIと評価基準を明確に決め、その基準さえクリアしていれば継続を抗弁できる状態を作っておきましょう。
成功基準だけでなく、撤退ライン(リスク許容度)を決めておくことも、あいまいな理由で撤退を余儀なくされるリスクを減らすために有益です。
【撤退ラインの設定例】
・1年経過時点で当該目標を達成できる見込みが50%を下回る場合は撤退する
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5-3. アカウント選定基準の精度を向上させる
3つめのポイントは「アカウント選定基準の精度を向上させる」です。
先ほど述べたとおり、アカウント選定基準の精度も、顧客化の確率に影響します。
ABMによる効果が出始めて、顧客獲得の実績が出てきたら、成功事例を深掘りする分析を行いましょう。
データを洗い出して分析するだけでなく、関係者が一堂に会して、ざっくばらんにブレーンストーミングするようなやり方が、おすすめです。
カスタマージャーニーの思わぬところに、KSF(キーサクセスファクター:重要成功要因)が隠れているケースが少なくないためです。
たとえば、営業担当者からは見えない事象を、広告運用担当者やイベントの接客スタッフ、オウンドメディア担当者などが、キャッチしているかもしれません。
組織全体の「気づき」を集結させて、ABM戦略をブラッシュアップしていきましょう。
6. まとめ
本記事では「ABM」をテーマに解説しました。要点をまとめておきましょう。
最初の基礎知識として以下をご紹介しました。
- ABM = アカウントベースドマーケティング
- 特定のアカウント(企業)を選定して個別にアプローチする
- マーケティングのパラダイムシフト、デジタル技術、コロナ禍を経て注目される
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ABMのメリットは以下のとおりです。
- 顧客に対する深い理解が可能となる
- マーケティングと営業の連携を強化できる
- 高いROI(投資利益率)が実現できる
- 長期的な顧客関係を構築できる
- マーケティング活動を効率化できる
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ABMのデメリットは以下のとおりです。
- 技法としては高度である
- 専用のツールを導入しないと実現が難しい
- 成果が出るまで一定の時間がかかる
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ABMの実践手順を5つのステップに分けて解説しました。
- 必要なツールを選定し導入する
- ターゲットアカウントを選定する
- ターゲットアカウントを理解する
- マーケティング戦略を策定する
- 戦略を実行し評価する
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ABMを成功させるポイントとして以下のポイントが挙げられます。
- ターゲットアカウントを確実に獲得する
- 中長期的な視点で一貫して継続する
- アカウント選定基準の精度を向上させる
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ABMは、これからのB2Bマーケティングにおいて、ますます重要性が増していくと考えられます。
この機会に手法を習得し、合理的で成果の高いマーケティング活動を実現していただければと思います。